〈荒井幸博のシネマつれづれ〉風が吹くとき
核の恐怖描いたアニメ再び
米国とソ連(現ロシア)が軍拡競争を続けているのを尻目に、英国南部の田園地帯で暮らす老夫婦ジムとヒルダは、子どもも独立して仲睦まじく年金生活を送っていた。
だが米ソ対立は日増しに深刻化し、核戦争の危機が迫る。2人は政府の指示通りにシェルターをつくって備えるが、ついに〝その時〟が訪れる。
炸裂する核爆弾。2人は無事だったが、外はガレキの山。2人は政府が救援隊をさしむけると信じシェルターで過ごすが、次第にめまい、下痢、脱毛の症状が現れ、衰弱していく――。
「スノーマン」「さむがりやのサンタ」で知られる英国の作家・イラストレーターのR・ブリッグスによる絵本を原作に、1986年に英国で製作されたアニメーション映画の日本語吹き替え版が8月からリバイバル公開されている。
監督は、長崎に住む親戚を原爆で亡くした日系アメリカ人のジミー・T・ムラカミ。日本語吹き替え版が初公開されたのは87年で、大島渚が監修し、ジムとヒルダの声を森繁久彌と加藤治子が担当している。音楽を元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ、主題歌をデヴィッド・ボウイが手がけたことも話題を呼んだ。
政府を信じ切っている善良な老夫婦の日常で交わされるほのぼのとした会話に吹き出して笑う場面もあり、愛おしささえ覚える。だからこそ、被曝後に放射能で身体が蝕まれて行く様子を観るのは辛く、胸がつぶれる想いになる。
45年の8月は6日に広島、9日に長崎に原爆が投下され、15日に終戦を迎える。あれから79年が経過したが、世界の様々な国や地域で紛争は絶えない。こうした世界情勢に思いをはせる時、37年ぶりに名作アニメがリバイバル公開される意義は大きいといえる。
最後に、本作は若松孝二監督が原発事故後での福島で実写映画化を企画していたが、監督が2012年10月に亡くなり、実現しなかった経緯があることを付記しておく。
シネマパーソナリティー
荒井 幸博
1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜19時)を担当。