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セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》 第五十二回 日通マイホーム

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 前号のやまコミで上山市矢来の食品ディスカウント店「日通マイホーム」が閉店することを知った。記事には「24年の営業に幕」とあったが、上山市で営業を開始した24年前よりさらに遡(さかのぼ)り、日通マイホームは実は山形市に店を構えていた。

《セピア色の風景帖》 第五十二回 日通マイホーム

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 ひところもてはやされたDIYは英語のドゥ・イット・ユアセルフの略語。日曜大工を薦めるこのDIYをキャッチフレーズに昭和50年代初めに国道13号の青田に姿を現したのが日通マイホームだった。
 白い2階建ての店舗は日曜大工用品だけでなく園芸用品、カー用品、電機製品、衣料品、靴やカバンまで扱ういわゆる「よろずや」であった。
 日通という運送業の強みなのか、荷崩れ品や大量在庫品、流行遅れの品なども市価からかけ離れた格安で販売されていた。さらに店舗に陳列されていない商品も頼めば割引価格で取り寄せてくれたのであった。
 定価販売が主流であった当時、日通マイホームのチラシに胸を躍らせた人は多かったのではないか。
 ただ、扱い品目で重なるホームセンターのジョイ、家電量販店のコジマなどが周辺に続々と現れるのに従い、一時期の勢いは失われていったようだ。
 当初は扱わなかった食料品も扱うようになり、これはこれで挽回につながったようだったが、ヤマザワの旗艦店である松見町店との競合もあり、山形店は平成12年ごろに営業をやめてしまった。

《セピア色の風景帖》 第五十二回 日通マイホーム

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 上山店は山形店の開業にやや遅れて営業をはじめたようだった。日通マイホームを展開していたのは上山日通販売とのことだが、日通マイホームの歴史は上山時代の24年間だけでなく、30年を超える年月を綴ったことになる。 (F)

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