セピア色の風景帖
《セピア色の風景帖》 第三十回 ホーロー看板
私たちが毎日の生活に追われているうち、いつのまにか街頭から消えていったものは数多い。映画館の手描き看板、赤電話、駅の伝言板…。
消えたからといって特に困るわけでもなく、むしろ人々の生活は便利になっていくのだが、後になって思い出した時、あれらが存在した当時と今とを比べて人々は本当に幸せになっているのだろうかと考えてしまう。
人々は「新しいもの」を目指し、「遅れたもの」を置き去りにして生きている。職場では常に「新しい発想」「新規開拓」が求められ、勤勉に日々努力し前に進んだつもりで身と心を削って働いてきた。その代償は何だったのだろう? 本当に今は十年前よりいい時代なのか?
かつて街のいたるところにホーロー看板があった。金属板にガラス質を焼き付けたもので、主に民家の壁や塀などに取りつけられていた。寿命は驚異的に長く、取り付けられた建物と運命を共にするケースがほとんどだったように思う。
だが現在、ホーロー看板の長寿に重きを置く広告主はいないようだ。何十年も宣伝し続ける意味が失われている今の時代。新製品はポスターで売り出し、そのポスターが色あせるころには次の新製品が出る。
いったい何を目指し、どこに向かってそんなに急いでいるのだろう? (F)