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編集長インタビュー

映画監督 村川 透 氏

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村川 徹(むらかわ・とおる) 1937年(昭和12年)村山市生まれ、本名・高橋透。59年に日活入社。助監督として徐々に頭角を現し、72年公開の日活ロマンポルノ映画「白い指の戯れ」で監督デビュー。その後、日活を退社して山形に帰郷、岳父で先ごろ死去した人間国宝の鋳物職人・高橋敬典氏の下で働くかたわら、実兄の村川千秋氏による山形交響楽団設立運動に参加。76年、人気テレビドラマシリーズ「大都会」で監督復帰、78年からは故・松田優作を主演に起用した「最も危険な遊戯」「蘇る金狼」「野獣死すべし」などの作品で監督として不動の地位を獲得する。72歳。

映画監督 村川 透 氏

「チャラチャラ」を封印
  ひたぶるの映画人生——

——初めてお目にかかりますけど、お若いんでビックリしました。
 
子ども時代の「楯岡座」

 「よく言われる。大学時代は山岳部だったのでロケハンで山に登っても誰もついてこれない。丈夫に生んでくれた親にも感謝だ」

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