夜を走る
驚きの展開の社会派ドラマ
東京近郊の鉄屑工場で働く2人の男。営業まわりをしている秋本(足立智充)は40歳を過ぎて独身の実家暮らし。真面目だが不器用で成果を上げられず、上司からはイビられ、取引先からもバカにされながらも飄々としていた。
一方の谷口(玉置玲央)は若くして妻子を持ち、要領よく世の中を渡ってきている。一見対照的な2人だが馬が合い、居酒屋で呑んでは退屈で平穏な日常を愚痴る日々だった。
そんなある夜、偶然の出来事をきっかけに2人の運命は大きく揺らぎはじめ、あらぬ方向へと走りはじめる。そして驚きの展開に――。
本作は、2018年2月に66歳で急逝した大杉漣さんが製作総指揮・主演し、没後の同年10月公開の「教誨師」の佐向大監督が、10年前から漣さんと映画化を構想していた念願の企画をオリジナル脚本で撮りあげた。
製作総指揮は漣さんの妻・大杉弘美さん。エンドクレジットの「企画」には大杉漣、大杉弘美、佐向大の3人の名前が並ぶ。
主演の足立智充は漣さんが率いていた事務所「ZACCO」に所属していた俳優。コロナ禍という設定の中で登場人物でマスクをしているのは1人だけ。上司のパワハラにあおうが、若い女性に侮蔑されようが無表情で不気味ですらある。だからこそ、その後の展開での彼が異様な光を放っていく。
足立は世間的にはほぼ無名の俳優だが、本作でみせる演技力や存在感は圧巻で、漣さんの「足立、やったな!」という賞賛の声が聞こえてくるようだ。
谷口を演じた玉置玲央は佐向監督の前作「教誨師」で死刑囚の1人を演じてからドラマ、映画への出演が相次ぐ俳優。
このほか高橋努、玉井らん、信太昌之、菜葉菜、宇野祥平、そして闇社会のボス役で漣さんとは馴染みの深い松重豊と個性豊かな俳優陣が作品を盛り上げる。
映画人の情熱と矜持が作り上げた上質のクライム・サスペンス映画で、一見の価値あり。
シネマパーソナリティー
荒井 幸博
1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜19時)を担当。