先生、私の隣に座っていただけませんか?
虚実ないまぜの心理戦
早川佐和子(黒木華)は売れっ子漫画家。夫の俊夫(柄本佑)も漫画家だが、長らく自分の作品を発表しておらず、妻のアシスタント的役割に甘んじていた。
俊夫は佐和子の担当編集者・千佳(奈緒)と不倫しているが、佐和子には知られておらず、夫婦仲は悪くないと思っている。
佐和子の連載漫画が一段落し、少し休もうとした矢先、田舎で一人暮らしをしている佐和子の母(風吹ジュン)が足を怪我したという知らせを受け、「漫画はどこででも描けるから」と夫婦で郊外の母親の家に同居することになる。車がないと不便なところで、佐和子は教習所に通い始める。
間もなく佐和子は、新作「先生、私の隣に座っていただけませんか?」に取り組み始めるが、俊夫はその原稿を盗み見てゾッとする。
テーマは「不倫」。そこには自分たちとそっくりの夫婦が描かれ、千佳との不倫を彷彿させる様がリアルに描かれているではないか!
「バレているのか!?」と疑心暗鬼に陥る俊夫。さらに物語は佐和子と自動車教習所の若いイケメン教官(金子大地)との淡い恋へ展開していくから俊夫は更に動揺していく。これは創作なのか、それとも俊夫の裏切りに対する佐和子の復讐なのか――。
次第に追い詰められ、恐怖と嫉妬心を増幅させていった俊夫は、やがて現実と漫画の境界が曖昧になっていく。そんなある日、佐和子が朝帰りをするのだった。
夫婦役の黒木と柄本の演技が絶妙。黒木が無垢でおっとり、おとぼけ感を醸し出すほど、薄気味悪さや恐怖心を覚えてくる。柄本が演じる動揺、恐怖から妻のストーカーと化していく滑稽さに、得も言われぬ同情も禁じ得なくなるから面白い。
奈緒、風吹、金子らの配役もズバリとハマり、虚実ないまぜに進んでいく心理戦にのめり込んでしまう。劇中漫画を担当した漫画家・鳥飼茜の絵もまた重要な役割を果たしている。脚本も担当した堀江貴大監督に拍手。
シネマパーソナリティー
荒井 幸博
1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜19時)を担当。