セピア色の風景帖
《セピア色の風景帖》 第108回 ジャスコ赤湯店
当時の赤湯町、宮内町、和郷村が合併し、県内13番目の市として南陽市が誕生したのは1967年(昭和42年)のことだった。
合併後も温泉街や国道13号を抱えて人口的に勝る赤湯と、熊野大社の門前町としての誇りを持つ宮内とのサヤ当てが水面下で続いたが、ジャスコ(現イオン)は1982年(昭和57年)に赤湯を選んで進出した。
ジャスコ赤湯店には米沢まで行かずともひと通りの買い物ができる便利さ、子どもが遊べるゲームコーナー、除雪された広い駐車場など、当時の人々の求めるものが集約されていた。
それまでは中小の商店街しかなかっただけに地元住民はむらがり、近隣の上山や高畠からも多くの人が訪れた。
最盛期には周辺の国道、市道が渋滞するほどのにぎわいを見せ、店内は家族連れらでゴッタ返した。
だが、好調にみえたジャスコ赤湯店も、開業20年を超えたあたりから経営は順風な状態とはいかなくなったようだ。
国道13号南陽バイパスや113号赤湯バイパスの開通などで周辺の車の流れが変わったことや、97年(平成9年)に競合する南陽ショッピングプラザが開業したことなどが影響したとされる。
当時のイオン本体は過去最高の売上高記録を更新し続けており、テコ入れのため店舗刷新や増床も選択肢にあったかと思われるが、赤湯店に下した判断は苛酷で、2006年2月20日に閉店することになった。 (F)