セピア色の風景帖
《セピア色の風景帖》 第七十三回 天狗食堂
山形市北町2丁目あたりに、壁に大小の天狗面を掲げた食堂があった。由来は分明ではないが、店の名を「天狗食堂」と言った。そば、うどん、ラーメンはもとより、どんぶり物や定食まで出す文字通りの食堂であった。
この食堂の特筆すべきところは、専門店でないにもかかわらず、そばが飛び抜けて美味かったことである。一般的な食堂のそばといえば、製麺所から仕入れたそばを湯がいて出すだけというイメージだが、この店のそばは純手打ち、茹で方も完璧で、もりやざるはキリっと冷えていた。歯ごたえ、風味、味、どれをとっても申し分なく、つゆとのバランスも絶妙だった。
他のメニューは注文しなかったため分からないが、ことそばに関してはプライドと値段だけ高い専門店に見習わせたい店であった。
常連客が足繁く訪れている印象があったが、ある日行ってみるとその店は見当たらず、隣接していた自動車販売店の展示場になっていた。移転したのかと周辺を探したが店の姿はなく、いつの間にか廃業したことを知った。
あのそばが失われてしまったことがかえすがえすも残念でならない。 (F)