セピア色の風景帖
《セピア色の風景帖》 第二十九回 滝の湯
「滝の湯」というと天童温泉の大手旅館を思い浮かべる人が多いと思うが、山形市六日町の路地にも同名の銭湯があった。
今はもう取り壊されてしまったこの建物は、夕暮れになると映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のように温かい光をぼんやりと灯した。番台に人がいるとも限らなかったが、客はごまかすことなく湯銭(ゆせん)を番台の端に乗せて入浴するのだった。
籐(とう)製の籠(かご)が並ぶ脱衣所は天井がことのほか低く、浴場まではタイル張りの階段を上っていった。浴槽はさほど広くなく、湯はやや茶色じみていた。蛇口からも同じ色の湯が出たところをみると鉄サビが混じっていたのだろう。
どれも昭和四十〜五十年代の記憶だ。この間、原油価格の高騰に伴い燃料代は上昇する一方だった。湯銭は上限が決められているため値上げもままならず、県内のあちこちで営業時間を短縮したり休廃業する銭湯が増えていったと聞く。
平成十八年には毎年支払われてきた市から銭湯への補助金も廃止された。細々ながらも営業を続けてきた滝の湯に三年ほど前から「休業」の看板があがり、そのまま再開することなく建物は姿を消した。もう銭湯の下駄箱の木製の鍵を手にすることはできない。 (F)