セピア色の風景帖
《セピア色の風景帖》 第四回 山形ハワイドリームランド
現在の山形市飯田地区は平凡な住宅街になっているが、40年ほど前、ここに一大リゾート施設があった。
設計は故・黒川紀章氏
一九六〇年代、故・黒川紀章氏が山形県内に斬新な建築物を創出しようと提唱、寒河江市役所庁舎や日東食品(現在の日東ベスト)山形工場などが次々に誕生した。飯田に完成した「山形ハワイドリームランド」もこの流れを汲む。
施設は細胞をイメージし、直線のほとんどない不定形の大規模建築だった。プール、動物園、水族館、温泉、遊園地など、現在のアミューズメント施設の基本をすべて備え、六七年の開業後しばらくは物珍しさもあって大いににぎわった。
山形っ子には「夢の国」
温泉はフジツボ型の大ドームの中に棚田式に多数の浴槽が並ぶという奇抜なものだった記憶がある。当時の子どもにとっては文字通り「夢の国」で、一日中遊んでも飽きることのない楽園だった。
わずか5年で閉園
だが六九年に上山市に山交ランド(現リナワールド)がオープンすると客足が流れる。経営が悪化した71年末には飼育していた動物を射殺処分して世論の非難を浴び、これが致命傷となって間もなく閉鎖してしまった。その後、建物は撤去され、飯田温泉の建物が跡地に建った。
世界に冠たる設計家の黒川作品がわずか5年足らずでうち捨てられるという結果になった。仮に現存していれば、その建物は今の私たちの目にどう映り、私たちをどう眺(なが)めているのだろうか——。 (F)